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 【2】しまなみ海道 その1

 

「うどん入り」が支配する島

  因島(いんのしま)ってどこ? 多くの人がそうだと思うが、名前は聞いたことがある、程度だろう。日本で45番目に大きい島・・は自慢しにくいし、「ポルノグラフティ」の出身地であるとか、「しまなみ海道」は耳にしても、因島の具体的なイメージは見えない。

 広島県尾道市に出かけるうち、因島が尾道市に編入され、お好み焼なら因島がおすすめであることを福山のIさん親子に聞いた。Iさんはチヌ釣り名人で大阪湾へもしょっちゅう釣りに来る。府中への途中立ち寄ると、Iさんの父がここへ、あそこへ・・と店を教えてくださる。この方、ただならぬお好み焼好き。というのも多くの店が看板なしやら、屋号がわかりにくいやら、レアネタばかり。ネットで猫も杓子も紹介される時代、皮肉にもそこからはずれた情報ほど、ほんまもんだったりすることは多い。

  「お父さんがこんなにお好み通やなんて、Iさん、これまで一切教えてくれなかったけど」

 知り合ってから5年以上たつのに、そういう肝心な情報をくれないIさんに嫌み半分に言うと、

  「そうですかねえ・・」

  Iさんという人は、かなり突っ込んでオーダーしないと多くを語らない人なのだ。いつになく遠慮がちだった自分を反省し、何が何でも因島へ渡ることを決意する。

  「・・因島なら、Mさんに連絡とったほうがいいですよ。たいていは昼間営業で夜はさっさと閉めますんで、行くなら急いだほうがいいですよ・・」

  思い出したようにつぶやくIさんからMさんの携帯を聞き、「どうしても行くんですか~」と逃げ腰の事務局ハヤッピをなだめながら尾道大橋、因島大橋を渡る。

 地図では本州と四国が一番接近しているのがこのエリア。尾道、向島、因島、生口島、大三島、伯方島、大島から、四国の今治まで橋でつながり、本州四国連絡橋=しまなみ海道となっている。明治期に欧米の学者たちが風光明媚を讃えた瀬戸内、夕陽を映す海面、小さな島がぽこぽこ挿絵のように浮かんでいる。

  サービスエリアでハヤッピご購入の伯方の塩飴をなめながら、因島のMさんに電話を入れると

 「この時間やとだいたいの店は、もう閉まっとるけえ、ま、とにかく来たらええわ。どっかあいちょるやろ」

 初めての電話がこの物言い。タメ口というか、因島の島ことばにリラックスモード。Mさんは、因島の南西、島の中心部である土生港そばで、旅行代理店を経営している。私といっしょで色黒なのは、ゴルフのせい? 因島はみかん畑も多く「八朔」を生んだ島。Mさんは果樹園の斜面を走り回る背の高いお猿さんのような風貌だ。

  到着したのは6時前だったが、すでにMさんおススメの店は鉄板の火を落としたあと。惜しい、悔しい、でも仕方ない。

  これは、また来なさい・・ということかとあきらめていたら、一軒あいてるという。

  こちらのお好み焼は「島一番のまんまる」と綺麗な形が人気の理由だとか。お好み焼は円形であるのが普通で、大阪の老舗には楕円形もあるが、まるくて当たり前やんか・・と突っ込みたくなる気持ちをおさえ、暖簾をくぐる。

 鉄板かぶりつきのカウンターに常連さんが数人、よそ者は少し遠慮したほうがよろしいようでテーブル席につく。だが、初因島お好みの鉄板模様を見逃すわけにいかず、カウンターの一番端のあいてるとこに、低姿勢でもぐりこみ、鉄板上を注視する。

①豪快に袋を破ってうどんをそのまま鉄板へ。
②四角いままのうどんの玉に、ウスターソースを垂らし、軽く炒める。 この風景、初めてかも・・・ ③生地を直径20㎝くらいにまんまるく薄くのばし、けずり粉を散らす。
④そこに③のうどんをのせる。
⑤さらに千切りしすぎてはいけないキャベツ、
⑥青ねぎ、エビ天ブレンドの天カス、イカ天を割って、
⑦豚をのせ、
⑧返して、しばし待つ

流れを見ながら隣の常連さんと会話もする。

「このへんはね、そばやのうて、うどんなんよ。みんなうどん、若い人はたんまにそば入れるけど、私らはうどん以外、食べんわ。あんたもうどんたのんだ?」

「はい。こちらにはよく来られるんですか?」

「昼も出前してもろたし、ほぼ毎日来てるなあ」

「え~! 因島って、そんなしょっちゅうお好み焼ばっかり食べるんですか?」

「私らお好み焼で生きてるみたいなもんや。箸より、テコもってるほうが多いかもしれん(笑)」

  軽くテコ歴半世紀はありそうなお隣さんは、いつものように定番の「うどん入り」をささっと食べて帰っていった。

⑨先ほどのお好み焼が両面焼けてきたら、少しおさえて
⑩ 卵を割って、つぶし、そこにお好み焼をのせて、返す。
⑪ソース、青のりをたっぷりかけて出来上がり。

 たしかに広島風のお好み焼にしては、綺麗な円形だ。ソースはミツワソース。先代から40年以上、そのまま受け継いだ変わらぬ材料と焼き方という。

 テーブルにもどり、うどん入り、そば入り、野菜焼き、ねぎ焼きの4種を、もちろんテコでいただく。野菜焼きというのは、うどんもそばも入らないお好み焼、ねぎ焼きは、キャベツと麺なしで、ねぎとイカのお好み焼。麺なしのお好み焼は、麺ありとくらべると、明らかにしょぼい。食べても何か物足りない感じがするほど、麺の食感がたっぷりのソースにからんで、あとをひく。

  広島市のほうでも、うどんかそばを選ぶ店は多いが、因島はうどんが多数派。そばよりも量目が多いし、ジュワッと潤ったモチモチ食感が昔から愛されている。

 生地をひいて、すぐにうどんを置くのは、野菜の水分をうどんに引き取らせて、生地がべちゃっとならないための知恵かもしれない。渾然となったうどんにまとわるソースと野菜汁を冷静に見守る薄生地、まさに因島コナモンの極意だ。

  この形がいつ、どうやって定着したのかは、Mさんはじめ、だれに聞いてもちゃんと答えてくれる気配はない。ほんまもんのご当地グルメとは、住民の肌の一部になっていて、どこが発祥だとか、何が元祖だなんて、語ること自体ナンセンスに思えてくる。ただ小さな島に約30軒、一店舗あたりの人口比でいえば、日本一の密度といえるだろう。

  「テコもこうやって鉄板にのせといたら、お好み焼がアツアツでおいしいから」。

  常連さんの言動を観察しながら、讃岐のことを思い出した。三食うどんでも大丈夫という讃岐のように、三食お好み焼が定番化してる町として因島ははずせない!

「会長、たった一軒食べただけで、そんな大きなこというて大丈夫です?」

小うるさいハヤッピの声が耳にはいらないほど、私は確信していた。
Mさん夫妻と、ポルノグラフィティゆかりのペーパームーンというカフェへ向かう。

「ワシはタダシの父親に世話になってなあ・・」と福山のIさん(タダシ)の話で盛り上がっているとMさんの携帯が鳴る。Iさん父から、「昭和初期に活躍した麻生イトのことを知らせよ」と。

因島を語るには、まず造船業で栄えたこの島に、男性の労働者たちを采配した女傑、麻生イトのことを勉強しなければならない。映画「悪名」に実名で登場した女性、というだけでも凄みがある。因島への第一歩は踏み出せたが、お好み焼を入り口にまだまだ奥は深いようだ。その夜、尾道にもどって、もう一軒お好み焼屋さんへ行く約束があったので、兄妹の契り?を結んだMさんと、泣く泣く再会を約束した。

 

 

(2011.01.30)